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~古今東西の映画レビューを若干辛口で~
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58ba78f9jpeg考えさせられる映画。

一時期有名になった「エボラウィルス」と同様、アフリカ原産で致死率90%クラスのウィルスが上陸した場合、どうするべきなのか。

発生源である人口の少ない町を爆弾で消滅させてしまえば危機は去るが、そうでなければ48時間で全土に広がり、ほぼ全ての国民が死に絶えてしまう。

そういった状況で、どういった決断を下せるだろうか。
例えば日本で、1億2千万人の命を救うために、2000人を犠牲にすることができるだろうか。
そもそもそれは選択肢として存在するのだろうか。

この映画では、ウィルスは人工的に作られたもので、それを隠蔽するしないも絡み、「偶然にも」抗血清が出来上がったから、爆弾を落とさないことがハッピーエンドとなった。

だが現実にはどうなのだろうか。


現実味のない話ではないだけに、底知れぬ恐怖を感じてしまう。

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83c6c2a1jpegディズニーランドに行きたくなった。

なんかあのアトラクションは昔からお気に入り。
ただ流されていくだけなのに。
海賊船が撃ち合うところとか、本当に好き。

それはともかく、この映画はまた違った雰囲気なのだけど、楽しく観ることのできる良作。

宝探しに出かけたくなる。
続編も観たいな。

e9113e03jpegピーター=ストーメアは好き。
『アルマゲドン』ではロシアの宇宙飛行士役、『プリズンブレイク』ではアブルッチ役で出演しているが、多彩な役柄をこなせる名脇役。
本作でも、妻に逃げられ、改心(したふりを)し、受け入れられず、やけになって放火、最後には村から追放されるというなかなか面白い役どころ。

『ポネット』のヴィクトワールちゃんが成長していて驚いた。
『ポネット』当時は3歳。
本作では8歳か。
「ヨヨット…」あのかわいらしい舌足らずの台詞が脳裏をよぎる。

ジョニー=デップは少々浮き気味。
これは僕の中での彼像がその知名度とともに固定してしまったからかもしれないが。

主演のジュリエット=ビノシュは微妙なので何とも言いがたい。


ストーリーとしては面白い。
1960年代のフランスの片田舎を舞台として、古い伝統に固執する人たちといわゆる「よそ者」を対比させて面白く描いている。
古い伝統というものは欧米の場合には往々にしてキリスト教、教会を軸に成り立っているもので、本来は「愛」がそこにあるはずなのに、伝統や慣習がそこから「愛」を消し去ってしまい、排他的な集団を作り上げてしまう。
それが人間の性なのかもしれないが、何かのきっかけで新しいものを受け入れるとき、そこでまた「愛」の姿というものを再認識する。

作中でそれに気づいた神父が言う。
「何を禁じるか、何を否定し排除するかではない。
何を受け入れるかだ。」

村長が興奮してみんなの作ったチョコをめちゃめちゃにし、それを見つけたときのヴィアンヌ。
この許容のシーンが、本作のクライマックスだったのだろう。


それにしてもおいしいチョコが食べたくなる作品。ホットチョコレートも魅力的。
冬に観たい1本。

2cc65a04jpegイエス=キリスト(ジーザス=クライスト)の生涯を追った大作。
キリスト教に興味のある人は是非。
ただ、本作では神についての言及が少なく、イエスのみに焦点が当てられているので、聖書についても精読することをお勧めする。

足なえ、つまり足の不自由な人が歩くシーンなど、奇跡を起こすシーンには感動する。
ただ、これも「神に対するその人の信仰」がそうさせたのであり、イエスはそれを促しただけだということを忘れてはならない。

また、マグダラのマリアを赦すシーンにおいては、人が人を断罪することの愚かしさを学ぶことができる。
罪がその人にのみ帰属するものではなく、状況によっては自分もそうなり得るという意味で。

ただ、本作においてはイエスの傲慢さが少々浮き出してしまっている。本来のイエスはあくまでも「神(天の父)」の代理としての役割を果たしているに過ぎず、彼自身を主役にしたいとは願っていなかったように思う。

また、個人的には字幕の日本語訳に少々不満が残る。これは訳された時代によるものかもしれないが、特にイエスが聖書を引用する部分では文語訳聖書からのほうがしっくりくる。
口語では重みが失われてしまう気がするので。

以前からの疑問として、果たしてこの聖書というものが本当に「神」によるものかのかというものがある。
この作品を観ていても、イエスが例えば麻原彰晃のようではなかったか、彼との違いはその内容だけではなかったかと思えてしまう。
彼の行った奇跡とは、気持ちの持ち方を示したに過ぎないのではと。

その疑問が解決される日はおそらく来ないのだろうが、ともかくもこの作品はそういった様々なことを考えさせてくれるものだと思う。

f1d7cc6ejpeg2つの視点で共感できる。

ショーンに出会う前のウィル。
ウィルを見出すランボー。

「人に裏切られる前に人を突き放す。それは自己防衛だ。」
心に沁みる。

僕は塾で生徒と接していた頃、2人の天才と出会っている。
少なくとも彼らは僕自身よりもはるかに物事を容易に理解し、それを使いこなすことができた。

1人は社会性にも優れ、その能力をバランス良く使ってはいたが、どこかの分野に特化すればもっと何かができたのではないかと思う。

もう1人は逆にその能力の高さを示す分野が限定的で、社会性の欠けた子供だった。
ADHD傾向を持ち、興味のある物事にはのめり込むが、興味のないことに対する集中力は全く欠損していた。
ただ、天才児というのは彼のような子を指すのだろう。

どちらの子供も僕の目には眩しく、まさにランボー教授と同じ気持ちを味わっていたように思う。


そういった意味で個人的にはとても興味深く観ることのできた作品。



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